思い出す、過去の記憶。 「こんな所で・・・お前、何やってるんだ?」 アスハ邸内。 庭園が見渡せるテラスで、彼はただジッと空を眺めいた。 かれこれ、もう30分は経つだろうか? 久しく・・・『ハツカネズミ』状態の彼。 私は意を決して、声をかけたのだ。    3度の出会いから、同じ軍艦に乗る仲間となったアイツ。 自然と・・・何故かいつも彼の姿を目で追っていた私。 『お前・・・頭ハツカネズミになってないか!?』 最終戦間近だった。 エターナル艦内で、一人、MSデッキを見下ろしながら佇んでいた彼。 あの時もそうだ・・・。 考えるよりも先に、私の身は動き、そしてこう言っていた。 『一人で悩んでたって答えは出ない。だからみんなで考えるんだろう?』 何故?どうして?・・・そんな言葉の繰り返しは、意味が無いんだ。 だって、その全てが過去の事で、今、これからの事じゃないのだから。 だから・・・だから、な? ・・・そんなところでいつまでも独りで居るなよ・・・?    「ホラ。もういいから、お前、ちょっとこっち来いよ!」 「え・・・って、おい。カガリ!?」 テラスの端に乗っていた彼の腕。 それを、グイッと引っ張った。 掴んだ瞬間に感じた、硬く、逞しいその感触に、私はあぁ・・・と思う。 元軍人であった、その証。 見た目には分からないけれど、確かにコイツはあのZAFTレッドだった。 なんとなく、ソレを再認識するのと同時に、胸の中がモヤモヤしだす。 ・・・自分にはどうしてやる事もできないのだろうか・・・? 彼の感じている痛み。 ふとした瞬間に感じ伝わってくる、その苦悩。 私はグッと唇を噛み締め、力任せにこちらへと引き寄せた。 「っ・・・おい!?」 彼は、私に無理やり引き起こされる格好で慌てて声を荒げる。 しかしそのまま、強引に庭園内へと私は駆け入った。 掴んだ片手の先。 そこには訳が分からないといった顔のアイツが居て・・・。 「お前、もっと早く走れないのか?」 「ッ!?」 感じたもどかしさを振り払いたくて・・・。 つい、そんな言葉を発した私。 すると、彼はちょっとムッとしたような表情になった。 「ッ!」 気が付けば、グンッと彼の顔が近くなっていて・・・それは一気に間合いが寄った為だと遅れて気づく。 驚き、見開いた私の顔を見て、彼の碧の双眸が微かに笑った。 軽く、本当に・・・一瞬。 ・・・アスラン・・・。 思わず、息を呑んだ。 戦中。 真っ向から、肉親である父親と対峙する道を選んだアイツ。 何故、気づけなかったのか? 実父をあそこまで暴挙へと走らせる前に、どうして!? 『何で俺は・・・こんな・・・!?』 肉親への尽きぬ後悔。 そして ・・・今は亡き、その存在への邂逅。 彼の中に在る、深く、暗い、想いの数々・・・。 ・・・でも、大丈夫!そう、大丈夫だ! 彼は、まだ・・・笑えるのだから。 こうして、笑ってくれるのだから! そう思うと、この胸の奥がじわと暖かくなっていって。 「見ろよ!綺麗だろう?」 少し高台になっている場所。 そこから見下ろす、オーブの海。 広がる金色の光が、辺りを黄金に染めていく。 沈み消えていく陽光。 やがてその端から、紅く、そして青く変わりゆく大空。 美しく、華麗なる自然の摂理。 「陽はまた昇り、そして沈む。」 「え?」 「良い言葉だよな。・・・生きている限り、必ず、またあの陽の光をこの身に感じれるって事だ。」 静かに、私の言葉を聞いてくれる彼。 その間を流れていく、波音。 「皆、こうして廻っていくんだ。昨日も、今日も、明日もずっと、な。」 「廻る・・・?」 「あぁ。全てのモノは廻り、そして還るんだ。在るべき場所に・・・。」 そう言って、空と海の間を強く見つめた。 ツンとした鼻の奥。 この景色を眺めながら、そう言ったのは・・・今はもう、此処には居ない人。 「だから、前を見なさい。いつも、何かに躓いた時、強く前を見て生きなさい・・・。」 目の端が、少しぼやけてくる。 彼に、彼の心を癒したくて、そう話しているのに・・・。 思わず、声が震えそうになる。 ・・・お父様・・・。 今は亡き愛しい人の面影が、脳裏にフッと蘇るから・・・。 私はソッと両目を瞑った。 その時! 「・・・凄い・・・な。」 「!?」 呟き聞こえた彼の声に、私はえっ・・・とそちらを見あげた。 海風に揺れてなびく濃紺色の髪が、紅く照らされた白い肌に生えていて。 穏やかでいて、かつ精悍なその横顔。 透き通った翡翠の双眸。 なんともいえず綺麗だと、私は思い・・・。 「此処に来て・・・良かったよ。」 「・・・アスラン。」 「オーブに来れて・・・本当に良かった。」 胸の奥。 誰にも何も言わず、ただひっそりと抱きかかえてしまう彼。 けれど、その悲しみ、痛み、辛さを・・・少しでも分かち合いたい。 ・・・そして、少しでもいい・・・彼が楽になれれば、それでいいんだ! 私はこの胸にそう強く思った。 そして、この先もずっと・・・こうしてお前の傍に居たいと! 喜びも、悲しみも、痛みも、辛味も! お前と・・・一緒に分かちあいたい、と。 「カガリ・・・。」 名を呼ばれたと同時に、引き寄せられたこの身。 感じた、彼の熱。 驚き、跳ね上がった心音。 見開いた目に映った、綺麗な彼の目元と、大好きな濃紺色の艶髪。 それ等を見て、私は心の底からホウッとした。 しばらく・・・私達は、そのままだった。 そして、ややあってから繋がった、唇。  それは不慣れな私達なりの、甘いひと時の記憶。